米子市のよだか診療所で、在宅医療に携わる医師の前角 衣美(まえかく えみ)さん。「たった一度の人生を生きるひとりひとりの」患者さんのため、「ずっとここで暮らしたい」という思いを大切に、こころの拠り所となる診療を実践されています。
介護をする人の孤独を癒し、患者さんが住み慣れた場所で最期を過ごすために必要なことは何なのでしょう?前角さんと、「わたしの看護師さん」代表 神⼾ 貴⼦が語り合いました。
介護者の孤独と孤立、地域の介護力が落ちている
前角:在宅診療をしていると、患者さんをたった一人のご家族が支えていらっしゃる場合も多く、介護者がお一人で悩まれたり、誰にも相談できずに孤立して暮らしたりすることが増えてきました。抱えている辛さの捌け口を無意識に探しているんだろうな、と感じるケースも多々見受けられて……。「地域の介護力」が落ちていると感じています。
「家で過ごせるといいよね」と夢を描いても、支える家族の心が折れてしまうと、患者さんは思ったように自宅で過ごせなくなってしまいます。「支援が足りない方の支えになりたい、どうすればいいんだろう」と、日々考えているのですが、神戸さんはどんなふうに一人ひとりと向き合っていらっしゃいますか?
神戸:「わたしの看護師さん」のサービスは、親の介護に直面した現役世代の方たちに伴走することなんです。介護する人を孤独にさせないということをミッションにしています。
家族の人数が減ってきているので、「病院で看取るよりも家で看取りましょう」とは言い切れない部分もあるのですが、ご家族に余裕があってご本人に帰りたいという思いがある場合は、地域やサービス提供会社などの受け入れ体制が、もっと必要になりますね。介護者が孤独になってしまう背景には、家族だけに介護力を求める社会的風潮が影響しているのではと考えています。
家族が介護をする前提が介護者を苦しめている
神戸:介護力を育てることは大切なことなのですが、家族だけに「介護力をつけないとね」と求めることには、「それってどうなんだろう?」と疑問がありますね。
親の介護をする子どもの世代は、離れて暮らす方や、男性女性ともにフルタイムで働く方が増えています。親世代にも、アクティブに仕事を継続する方も見られ、介護を配偶者や家族だけで担うという前提が崩れてきました。そして、2022年の合計特殊出生率、1.26人という数字に現れているように、子どもの人数が減少しています。介護を担う人が減っている状況で、家族に介護力をつけることが当たり前という意識は、介護を担う側にとって、すごく重荷になりますよね。
前角:よだか診療所でも、ご家族に万全な介護力や体制を求めないようにしています。不安定で、脆弱な介護力の中でも、患者さんやご家族が家で過ごすことを望んでいるのなら、「それでいいのではないか」と受け止め、私たちはご家族を支援していこうと思っています。
神戸:「わたしの看護師さん」には、「遠くに住んでいて、親孝行が出来ないと感じる」、「仕事との両立が難しい」、「親と馬が合わない」など、全国からさまざまなご相談があるんです。医療・介護従事者は、ご家族の介護力を「過分に期待してはいけないんじゃないか」と感じています。
家族で介護することも大事なのだけど、介護をすることへの周囲の期待が過度になったり、自分のキャパシティーを超えてしまうときには、外部のサービスの力を頼る、アウトソースをする必要があると思います。40代や50代の方はもちろん、ヤングケアラーの方についても同じことが言えるのではないでしょうか。
「つながりの力」が孤立を癒やす
前角:孤立して、手が回らなくなっている方には、地域につないだり、社会的チャネルを増やしています。地域や社会との関わりによって、支えが足りない部分を補うことが当たり前になればいいな、と思います。
ただ、たくさん事業所が参入して、サービスの契約を結べば盤石かというと、そうではありません。地域社会や働き方、家族内の自助が変化する中で、地域とのつながりを失い、家族だけを生きがいとして執着する高齢者もいらっしゃいます。
医療を提供するだけではなく、「つながっている、わかってもらえている」という、ご家族の心理的安全性を担保するところまでが、これからの医療者の努めだと思っています。孤独を抱えながら介護を担っている高齢者自身の脆さを理解することが大切になってきますね。
わたしたち一人ひとりが、社会への大事なチャネルであり、構成員であると自覚して、患者さんやご家族と交流を持ちサービスを提供しなければ、介護力の落ちている方たちを支えることは出来ないんだろうなと感じます。
神戸:前角先生をすごいなと思うのは、テレビ出演や、SNS(よだか診療所Facebook・instaglam)、冊子の「よだか通信」など、孤独にならないためのチャネルや情報をいろいろな角度から発信されていること。
医療・介護従事者は、だれもが医療や介護の情報を知っていて当然という「専門家あるある」に陥ってしまうことがあるんですよね。祖父母、子、孫など、どの世代の人にも届くように情報を投げかけるのは、とても大事なことだと思います。
前角:在宅医には、地域にないものを生み出し、文化を変えていくというミッションがあるんです。「自分たちが何者であって、どういうことを考えて活動しているか」をきちんと発信したいと思っています。
機関誌のほかにも、街の中につながりを作ろうと、コーヒースタンド(よだかフリーコーヒー)を折に触れて実施しています。どなたでも自由に集い、気楽に語り合うことで、穏やかな時間が生まれています。
採算が取れるかどうかや、「どう思われるんだろう」、「どれくらい反響があるんだろう」ということを気にすることなく、純粋に思いや文化を発信することによって、わたしたちの思いが届くといいなと思っています。
神戸:コーヒースタンドは、「孤独にさせない」という機能をもつ、本当におもしろい取り組みですね。わたしも立ち寄らせてもらったのですが、ご家族や訪問看護師、訪問入浴のスタッフ、薬剤師など、さまざまな方が足を運ばれていて。
そこで、ご家族は「信用できる人たちがいるんだ」と知ることができますね。介護従事者にとっては「こういう対応をしたら、ご家族が安心できるのかな」と気づく場にもなります。
前角:ご遺族の方、高齢の方だけでなく、「誰でも来ていいですよ」というごちゃまぜの場だからこそ、巡り合い、繋がりをつくることができるんですね。地域にサロンのような場をもつことで、仲間を増やし、孤独を癒すことができたらと思います。
最期を迎える瞬間の人たちとの関わりが、自分の生き方を考える機会になる
神戸:介護をしている方や、これから介護に向き合う方々に対して、ドクターの目線で「これを準備しておいてね」と伝えたいことはありますか?
前角:若いうちから、人生の黄昏どきを迎えた人たちへ興味を持ち、精神的に深い理解をする力を養っておくことですね。目の前の人生の先輩たちが「どういうふうに最期を迎えようとしているのか」をしっかりと見て、「自分だったら、どうありたいのか」と、自分の最期も想像してほしいんです。
社会とのつながりを失った方や、自分が何者かもわからないまま、自分の意思を推し図ってもらうことなく、流されるように亡くなる方もいらっしゃいます。つらさや、くやしさを想像しておくことが、介護を迎える準備になると思います。それが、将来、高齢者にコミットする力になります。
神戸:幼少期に、高齢者と同居した経験がない方が増えてきました。親が認知症になっても、認知症の方と接した経験がないから、想像ができず、親と話すのが怖いと感じる方もいます。「想像する力」を養うためには、どんなアクションを起こすといいのでしょうか?
前角:やはり、終末期に向けて歩んでいる人たちともっと接したり、目を向けることだと思います。医療介護の専門家ができることは、ネガティブなことも含めて、今、亡くなろうとしている方の様子を発信すること。若い人には、そのレポートをキャッチしてほしいですね。
看取りの経験を次の人へ。地域で介護を支える
神戸:情報発信と同時に、コーヒースタンドのような場で、家族で介護を実践している人や、介護を終えた方と「一緒に話そうよ」、「年を重ねることはどういうこと?」と考える機会を持つのもおもしろいと思います。
前角:高齢者はガラスの向こう側にいるのではなくて、「同じ人間で、自分たちが何十年か暮らした先に、その人たちがいる」と自然に感じられるきっかけになりますね。
神戸:近所に介護の先輩がいることは、家族で介護をやったことが無い方にとって、ほんとうに心強いことだと思うんです。
前角:わたし自身も看取りを経験した遺族でもあるのですが、看取りを終えたご遺族の人たちに声をかけて、介護やホスピスの現場でケアに関わってもらえたらという考えを抱いています。コーヒースタンドを手伝ってもらうのもいいかもしれません。
神戸:ご遺族にとっても、コーヒースタンドは、振り返りの場になりますね。しっかりと介護されていても、「もっとやれたんじゃないか」と、後悔の気持ちを持つご遺族も多いのですが、ともに介護に関わった私たちが、背中を押す言葉をかけることができると、後悔の気持ちが和らぐかもしれないなと思います。
そんなふうに身近な場で声をかけ合い、後押しをすることを繰り返すことで、「家で看取ることは、素敵なことだな」と、地域に広まっていくのではと想像を膨らませています。
前角:ご遺族には、看取りを経験しているからこそ、かけることのできる言葉やスキンシップがあるんです。患者さんやご家族に対して、自然に声をかけることができる場所に、医療機関がなるといいですね。看取りの経験は、これからより一層地域に浸透していくべきですし、地域の介護力を支えていくものになると思います。
悩みながら介護をしている方たちに、「あなたがたった一人で全ての介護をしないといけないわけではなく、私たちもあなた達を支えていくんですからね」とメッセージをお届けしていきたいです!
介護にまつわる悩みやお願いごとは、「わたしの看護師さん」にご相談ください。
介護保険でカバーしきれない病院付き添いや単身で暮らす親御さんの見守り、介護相談などを行っています。
家族に代わって親御さんや親戚の介護をできる人を探している方、遠距離のため思うような介護ができないとお悩みの方、ぜひ私たちまでご相談ください。
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