わたしの看護婦さん

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東風吹かば・・・。

Category 山陰の風景 Date 2016年03月08日
東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ


今朝は氏神様でもある米子の賀茂神社にお参りに寄ってみました。

本日は県立高校の受験日ということもあり、母親らしき参拝者がちらほら見受けられました。

時代が変わって、子育てや家事が楽になったとは言っても、子を思う母の気持ちは変わりませんね。

いや、そうあってほしいし、そうありたいと思います。

冒頭の和歌について、分かりやすい解説がありましたので添えておきます。

醍醐天皇の御時代に、歳をとても若くして左大臣の位にある藤原時平は、右大臣の菅原道真の経験と優れた才能、人格、人望に対して心穏やかではない様子でした。

帝の菅原道真に対する信頼は格別なものであり、藤原時平は菅原道真の失脚を望んでいました。

そんなときに、菅原道真のにとって都合の良くないことが起こり、大宰権帥に任命なさられ、(太宰府へと)お流されになりました。

菅原道真には、子供が多くいらっしゃいました。娘たちは結婚し、息子たちはみな、身分相応の位にいらっしゃいましたが、
彼らも皆あちこちにお流されになって悲しい上に、
まだ幼くいらっしゃる男君や女君たちは、父(菅原道真)を慕って泣いていらっしゃったので、

「幼い子どもは連れていってもよい。」

と帝はお許しになったのです。

しかし、帝のご意向がたいそう厳しくあられたので、菅原道真の子供たちを、菅原道真と同じ地域へとはお流されになりませんでした。

菅原道真はあれこれととても悲しくお思いになって、
庭の梅の花をご覧になってお詠みになられました。

東の風が吹いたならば、梅の匂いを私のもとまで届けておくれ。
主人がいないからといって、春を忘れたらいけないよ。

ミレニアムベビー、2000年生まれの子どもたちが受験をしています。
若干倍率が高いのかな。

どの子どもたちにも、桜を愛でる時が訪れますように。

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